「春の小川はさらさら行くよ。」

 俺の生まれ育った町はかなり田舎の方の町で、町外れに行くとまだコンクリートの護岸工事もされていないような小川があって、その両岸は草が茂って、春になるとたくさんの花が咲いて結構奇麗だったりもした。
 俺と由香は幼なじみで、うんと小さい頃はよく一緒になって遊んでいた。特に花でいっぱいの頃の小川が好きで、春になると毎日のように遊びに行っては、日が暮れるまで川の中のめだかを眺めたり2人で雑草の上をごろごろ寝転がって空を眺めたりしたものだった。
 そんなある日、俺がいつものように川岸に寝転がっていると、由香が俺の指に触って何かを被せてきた。
 体を起こして見てみると、そばにたくさん咲いていた花の茎を上手く編んで、俺の指に合うような輪にしてあった。
「えへへ、指輪だよっ」
 そう言って、由香は少しはにかんで見せた――

 俺は回想の世界から戻ると、小さくため息をついた。がやがやと人が行き交う、駅の通路。
 見上げる案内板には「電気街口」とか書いてあったりする。
「祐二、なにぼーっとしてるの? いくよー」
 そして幼なじみである隣の由香は今日も元気である。無駄に。
 そして付き添いという名の半分荷物持ちである俺は、楽しそうな彼女の横をいつものように歩く。

 高校を卒業した俺は、東京の大学に進学した。……いや、実は東京ではなく埼玉県だったりするのだが、細かいことは気にしてはいけない。そして由香もまた、同じように東京の大学(こっちは本当に都内である)に進学した。同郷でわりあい近所に住むことになった俺たちは、自然とよく会うようになった。
 昔と変わらず純粋な感じだと思っていたが、彼女の純粋さが妙な方向に向いてたのに気付いたのはそれからすぐだった。……専門用語で言えばアキバ系というヤツだ。もしくは腐女子。
 問題は、そのくせコイツはなかなか美人であると言うことだ。……アキバ系の典型的パターンに漏れず、コイツは化粧っ気もろくにないし、今日の服装だってTシャツにジーパンである。いくら俺だからと言って、男と2人で会うのだからもう少し服装のいじりようもあるだろうに。……なのに、本人曰くめんどくさいからという理由のショートカットもこざっぱりした清潔感になるし、すっぴんの顔とラフな服装もむしろ爽やかさを演出している。スタイルもなかなか。世の中の美容に苦しむ女性が由香を見たら地の底まで落ち込むのだろう。
「さぁ、次は同人誌見に行くよっ」
 はいはい。了解してますよっ。いつもの行程ですね。
 女性向け同人誌の濃い表紙にもすっかり慣れちゃいましたしねっ。

 何故こうなったかと言えば俺が悪いのだ。
 由香の東京への引っ越しを近所だからと手伝いに行って、「近くに住むんだし何かあったら手伝うよ、約束する」と安請け合いしたのが運の尽き。上京してから最初の電話が、「ちょっと買い物に行きたいんだけど付き合ってくれない?」と。ああ。少し胸ときめきましたよ。女の子の買い物に付き合うってどんな服装で行けばいいんだろう、と考えて2時間ぐらい乏しい服の中からどれを着たものか悩みましたよ。
 で、ラフな服装で現れた由香と待ち合わせて、どこに行くのかと訊けば「ん? 秋葉原っ。なんか初めてだし一人で行くの緊張するからっ」。はい。一瞬「えっ」とか聞き返しました。念のため「秋葉原のどこ?」と聞いてみたら即答、「電気街っ」。
 泣いていいですか。

 いつもの店に着くと、由香は楽しそうにお目当ての棚に向かっていった。
 俺が女性向の棚にあまり行くのも気が引けるので、普通の棚(と、男性向の棚も少し)を見ながら時間を潰す。しばらくすると満足そうな顔をして戻ってくる由香。
「じゃ、いつも通り喫茶店で一息つくか?」
「うんっ」
 ちなみに喫茶の前の来る最初にメが付く3文字は、既に省略されることになっている。それ以外の場合は「普通の」という接頭語が付く。

 と言うわけで旦那様たる俺とお嬢様たる由香は、テーブルを挟んでアイスコーヒーなんぞを飲んでいる。
「なぁ、何で俺こうしていつも付き合ってるわけ?」
 俺が聞くと、彼女は楽しそうに答える。
「だって、何かあったら手伝うって、引っ越しのときの約束でしょ?」
 そして、こう続ける。
「一人で来るより祐二と二人で来る方が楽しいし」
「……そっか」
 そう言って屈託なく笑う彼女の顔を見ながら、俺はアイスコーヒーを一口すすった。

 ホームでの回想の続き。
 あの後、由香はもう一つ指輪を作ると、今度は自分の指にはめてみせた。
「おそろい、おそろい」
 嬉しそうに言う由香。
「えっとね、このゆびわにやくそくするの、わたしとゆーじと、ずっと、ずぅーっといっしょだって」

 ……由香は覚えてないんだろうな。
 そんなことを考えつつ、俺はミルクと砂糖をたっぷり入れたアイスコーヒーを飲む由香を眺めていた。
 俺はあの日の約束を果たしているだけなんだぜ?
 そんなことを、俺の大好きな人に心の中で呟きながら。

制作:2006年6月 原稿用紙換算7枚
応募媒体:第4回電撃掌編王(落選)
公開媒体:旧サイト(某所)

《コメント 2014.10》
電撃Short3→電撃掌編王→電撃リトルリーグ、と変遷してきた2000文字の電撃文庫系読者投稿企画があったのですが、それに送ったものです。
もう8年以上前の作品になってしまいますが……。

 当時はなんとなく書いたであろうこの掌編は、それから4年以上も掌編ですら書かない長いブランク前の最後の作品になりました。
 振られてから1年近くが経過して、――色々思うことはあったんだろうなと当時の自分を推し測りつつ。ぎりぎりで踏みとどまっていた頃に選んだのがこういう話だったんだと思うと、去来する想いはあまりに溢れます。

 作品で語るものなのでしょう。
 別サイト公開済作品ですが、当時のサイトもなくなった今、こそっと置いておきます。 小説トップへ 総合トップへ

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